みんなの情報交流サイト
ご利用はすべて無料です。
ご自由にお楽しみ下さい。

 
 

掲載の基準は投稿ルールをご覧下さい。画像や動画の貼り方はヘルプをご参照下さい。

« « 2017 11月 » »
29 30 31 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 1 2

ほのかひめ
見出しに思わず納...
事務所オープンし...
インスタグラム始...

右近
20 『死顔』につ...
19. 平和を欲すれ...
18. 漱石の『ここ...

エビス
楽しく話を

ふぐやまふぐこ
はじめまして

窓乃雪
秋分の記
雨降りの直前に
初夏の散策

こつぶ
秘めたお付き合い...






10代は「役者入門」
30代は「作家志向」
50代は「教師安住」の私です。


携帯アクセス

 
   


  • 右近ブログ配信
  • RSS
  • RDF
  • ATOM

右近ブログ

ヘッダーナビゲーション
<6>何処から何処へ 2016/08/28 2:02 pm
Blogger's Avatar
 人間存在の不思議をよく表した言葉ですね。幼児が「ぼく、どこから生まれてきたの」ときくのが最初の疑問でしょうか。私は高校生のとき、ちょっと哲学かぶれして、三木清の『人生論ノート』を読んで、この言葉に出会いました。言葉自体はありふれていますから、別の人も使っているかもしれませんが、戦前の高名な哲学者三木清は、旅に人生を観てその中で「何処から何処へ」という、人生の永遠の謎を提示しています。旅と人生の比喩はこれも多くの人が用いるところですが、古典では松尾芭蕉の、近代では三木清のそれが秀逸ですね。
 この単純な言葉は、多感な青年期の心に響きやすく、忘れ難いものとなったのです。当時の疑問は今もって疑問のままですが、若いときは「何処から」より「何処へ」のほうにより関心があったのに、それがだんだん逆転して「何処へ」が先細りしていく気がして、不安でなりません、笑。
 そもそもこの言葉は、『方丈記』の「知らず生まれ死ぬる人、いづこより来りて、いづこへか去る」にありました。こちらのほうは「無常観」などという難しい解釈がなされるのですが、むしろ、「何処から何処へ」という素朴な疑問のほうが、かえって深遠な人生行路を暗示しているようで、味わい深いです。(了)

このブログの情報

トラックバックping送信用URLを取得する

このブログの記録

投稿されたコメントの著作権はコメントの投稿者に帰属します。


投稿日: 2016/08/28 17:16  
 Re: <6>何処から何処へ
私も何処へが先細りしていくような不安に襲われる時があります。
何処から何処へ、何者になるのか、その先はどうなっていくのか考えると夜も眠れません(笑)
此処でふんばりたいと今は考えています。

投稿日: 2016/08/28 23:06  
 Re: <6>何処から何処へ
何処から何処へ・・・そうですよね。浮き草のように。
そして、人間は、「ゲーデルの大海に漂う浮き草」というのは誰かの受け売りですけど、これだと、「何処でもなくずっとここにいました。これからもずっと。」という浮き草自身の発想になります。

この世に私が生まれてきて、死んでゆくのではないという漠然とした確信があります。
いわば、私に世界が誕生して、いずれ世界が消えてゆくということになるんじゃないかと。
世界は私を補完しているのであって、世界の中に私がいるのではないということになるんですよね。

これに気づく以前は、アプリオリな認識の限界を知ることない故にその殻の中の幻想を真実だと信じていました。

投稿日: 2016/08/30 11:51  
 Re: <6>何処から何処へ
 アスカルさん、いいこと聞きました。
「私に世界が・・・いずれ世界が消えていく」とは、卓見ですね。
 私は、「終活」を始めようかという年齢なんですが、死生観が見えにくくて困っていたのですが、いいヒントをいただきました、笑。

投稿日: 2016/08/30 11:54  
 Re: <6>何処から何処へ
「夜も眠れない」というのは少しオーバーでしょうけど、世の中も、自分自身も混とんとしてますからね。

山形など東北は台風に慣れていないんでしょう、気を付けてくださいね。
Copyright (C) Communes SNS Community since 1993-2017. All Rights Reserved.