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13. 最後の一句 2017/03/14 3:12 pm
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 文豪、森鷗外の短編に『最後の一句』というのがありますが、ここで挙げる最後の一句は、同じく鷗外の『舞姫』からのものです。
 『舞姫』(明治23年)はご存知のように近代文学の黎明期を代表する名作です。国家から有為な人材としてドイツ留学生(医学―鷗外自身がそうであった)の誉れを担った主人公(豊太郎)が、かの地で舞姫(踊り子)との恋に芽生え、自由を謳歌する。それで、めでたしめでたしなら、三流のドラマで終わるのですが、彼の行く末を案じた在独の友人(相沢)は、お国の大臣(伯爵)が渡独したおり、親友のために彼を説諭し大臣に取り持つ。苦渋のあとに主人公は、恋人を捨て、栄達の道を選ぶべく帰国の途に就く。即ち彼は、自由と自我を置き去りにし国家の要請に下ったのです。
 そこで、小説の最後の一行に、主人公の独白があります。「嗚呼、相沢謙吉が如き良友は世にまた得がたかるべし。されど我脳裡に一点の彼を憎むこころ今日まで残れけり」
 うーん、わかる、わかる、とまでは言えないな。その誠実で且つ国家に従順な友人は、極貧の踊り子に、その懐妊まで知りながら、手切れ金を施して友情の側に立ったのです。どうして彼、相沢を責められようか。いや、責められるべきはもちろん自分にある、それをわかりながら彼(国家)に随った自分は、恋人を捨て同時に自己を捨てたのだから。
 「嗚呼(ああ)」という言葉と、「一点」という表現がよく議論されます。この一点というのは、文字通り一点なのか、もっと深い意味があるのか、これを読んで以降私は、好んでこの語を使います。一点の疑問を心に沈めながら。(了)

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投稿日: 2017/03/14 20:58  
 Re: 13. 最後の一句
鴎外のこの作品は表現が美しいけれど、共感はしにくいですよね。
女性の視点で読むと許しがたい男性にかんじます。

一点というと、思い出すのは王安石のー緑のなかに咲くザクロの花ー、紅一点をまず思い浮かべます。
赤い花はエリス、痛みを感じながらもその痛みを免罪符にしようとしてるようにも見えます。
人間の弱さ、危うさが文学には格好の題材なんでしょうね。

え!最後の一句なんですか?
「暗闇の中で見えなくなるような美しい顔・・・」のようにいなくならないでくださいね。中学の時の教科書にのってた森茉莉さんの文章を思い出しました。

投稿日: 2017/03/18 11:14  
 Re: 13. 最後の一句
ありがとう。
あなたも、いろいろな言葉を知っていますね。
でも、「いなくなる」?というのは?
「最後の一句」というのは、単なるタイトルですよ。

この私の地味なブログにも閲覧者がいて嬉しいですが、その数が、「論語」が最多で「漱石のことば」が最低とは、驚きました、笑。さて、「最後の一句」はどうでしょうか。

また、よろしくね、はせひろさん。
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