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2017年4月23日の日記/スレッド表示
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桜が終わりを迎える中、あっという間に入れ替わり、世界を新鮮な色へと染め上げてしまう、新緑。 いったい、なんて元気の出る、そして、未来を感じさせる色合いなんだろう...。
王道は、どうしたってモミジになる(写真左)。 秋には赤で人を魅了し、春には薄緑で人を魅了する。なんというか、「人を魅了するコツ」を教えていただきたいくらいに、多種多様な魅力を使い分け、二つの季節で君臨する。#彼ら、ちょっとズルいんじゃないか?(^^;; 色が変わっても**キャラは変わらない**とか、あり得ない裏技だ...//
それにしても、芽生えというのは本当に一瞬の輝きだ。花もそうだが、うかうかしている内に、すっかり形を変え、色を変え、そして、**変わらなくなってしまう**。柔軟で柔らかく、どんなふうにでも育ってくれそうな気がする。人間にでもそのまま当てはまりそうな、若葉の持つ柔らかなイメージ、これを実感できるのもこの季節の特権。写真中央は、柿の木の若葉。大きくなった時のあの硬くて頑固な葉は、想像すらできない...//
そして、そんな新緑の季節、まだ若葉マークで未成熟な季節に、年季の入った人生の熟練者が、桜の下で初々しく。見習うべきことが多い人生の先達にあやかり、長い道のりを巡り巡っても、若芽のような瑞々しい感性と、大切なものは何かということ、これらを完全には見失いませんよう...//
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4月も下旬に突入したこの季節、桜を楽しむといっても、どうしても目移りがしてしまう。 桜自体の勢いはどうしても衰えているし、そもそもエース(ソメイヨシノ)不在だし、周りにより強力なライバルが成長してきているからだ。ライバルには事欠かないが、特にこの季節、**新緑**こそが最大の競合相手だ。なんといっても、自分自身の枝からだって生えてくるんだから、奴等は...。
そんなわけで、桜族は必死である。「桜の勝利」のためであれば、誰だって味方に引き入れてしまう。もう、本当は桜じゃない相手だって、「桜っぽければ」味方に引き入れてしまうのである。 そんなわけで、この季節に見逃せない「芝桜」、ちゃっかりこの欄でご紹介(写真左)。 芝桜の色はとてもカラフルで、中にはとても桜には見えない**とんでもない色**の品種もあるわけだが、ここではできるだけ大人しめの芝桜を...。
そして、もちろん、本来の桜も負けていない。凋落著しいとはいえ、枝垂れ桜はまだ終わっていない。こんな勢いあるお姿も、探せば見られたのである(写真中)。 ただし、風が吹くたび、ひらりひらりと、花びらが舞う。終わりに向かって、少しずつ坂を下る桜の季節。花びらを浴びながら、ゆっくりと季節の受け渡しを実感する。全盛期に近い姿を見ながらも、やんわりと儚い終焉を感じてしまう。 ついつい人の生と重ね合わせながら、時間の流れを実感する。やはりこれが、日本で昔から桜が愛される理由なんだろうな、と、実感。昔からある山桜でも、散り際の美は同じなんだろうな。 願わくは、今年の桜も、大嵐なんかではなく、そよ風に舞いながらゆっくりと終わりを迎えてほしい。ゆっくりと、新緑へとバトンタッチを(写真右)...//
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枝垂れ桜の満開を迎えてより、はや一週間。 その間、過酷な大嵐にも見舞われ、枝垂れ桜よりもさらに一週間早く満開を迎えたソメイヨシノの花は、既に見る影もない。 そんな折に、まだ、桜について語る気なのである。
そう、耐えたのである。 若干の山間にあるその枝垂れ桜の名所では、平地に比べてやや季節の到来が遅い。そのホンのわずかの差が、大嵐による花の全滅を防いだのである。 もちろん、最盛期の先週に比べれば凋落の感は否めないが、今まさに最盛期を迎えた牡丹桜(八重桜)の威光も借り、十分に見るに堪える花姿である(写真左)。人が少ない分、先週などよりもよほどのんびり花見を楽しめるくらいである。 そんなわけで、3週目となる桜の記、開幕である。
さてと。凋落といっても、それはソメイヨシノと枝垂れ桜の主要品種に過ぎない。実は、まさしく今の今、最盛期を迎える桜だってあるのだ、この、名古屋の地で。上に挙げた牡丹桜がその一つである。
...とは言いつつ、私にとって、牡丹桜は若干の**反則**であった。 確かに、桜である。詳しくは知らないが、植物分類学的には紛れもなく桜なのであろう。 だが、花と葉が同時に出てくる咲き姿、手毬のように部分部分に密集して咲く咲き姿。なんとなくボッテリしていて、ソメイヨシノや枝垂れ桜に見られるような繊細さ、儚さがあまりない。周りの風景ににじむように繊細に風景を染め上げるのではなく、「花と葉の塊」がまだらに咲く、ちょっと主張が強い花なのである、下記写真(左写真の奥に写る濃いピンクの花、および、写真中)のように...。
...うん? 下記写真...? ま、まぁ、何というか、コレはこれで良いじゃないか...。確かに、輪郭のはっきりした大きめの花ではあるが、決して悪くない。空気ごとピンクに染め上げるような、ソメイヨシノや枝垂れ桜の細やかなボリュームにはかなわないが、一つ一つの花の存在感や自己主張、決して悪くない。 と、41年間生きてきて、こんなことを今更再認識する体たらくでございます...。#そんなわけで、花好きの風上にも置けない未熟な自我をさらけ出しつつ、読者様がほとんどいないことをいいことに、勝手なことをブツブツ...(^^;;
さてと。 現在最盛期(ちょっと過ぎ)の桜、そのもう一つは、枝垂れ桜の一つ「雨情枝垂れ」(写真右)。 ...文句なしである。一つ一つの花は通常の枝垂れ桜よりも若干大きめだが、花が途切れなく枝を覆い、風に揺られて豪華で優美な流線を作り出す。私が最も好きな桜の一つ(そう、「最も好きな花」は一つではないのである)、その雨情枝垂れをこの桜の季節の終わりに堪能できる幸運と幸福を、じっくりと噛みしめるわけでございます...//
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